2010年尖閣領有問題の日中対立で、グローバル経済面・外交面での日本と中国の得失は?


 2010年3月から7月までに中国を訪れた日本人の数は200万人、同時期に日本を訪れた中国人の数は90万人である。
 中国人観光客の存在感が大手マスコミなどで喧伝される昨今だけに、意外かもしれないが、現実には訪日中国人よりも中国を訪問した日本人のほうが圧倒的に多い。もちろんこれにはビジネス渡航者も含まれるから、純粋に観光客数の比較とはいえないが、仮に観光客だけを抽出したとしてもほぼ同じ結果と考えられる。

 またJALとANAの旅客キャンセル数は莫大と日本マスコミはセンセーショナルに報じていたが、データをよく見ると、日本から中国行き(即ち日本人客)のキャンセル数の方が、中国からの日本行き(即ち中国人客)のキャンセル数よりも4−5倍多い。 実態は、中国での反日暴動デモなどで日本人が中国行きを嫌がっただけであり、中国からの訪日者はそれほどキャンセル数が多くない結果となった。

 昨今、喧伝されるのが、中国人観光客が日本で爆買いする様子だ。あくまで推定だが、中国人旅行者の1回の旅行での平均消費額は1人当たり1.17万元(1320ドル=約11万円)といわれ、欧米人観光客の約2倍とされている。これを参考に少なめに見積もって、日本人の中国旅行での消費額を中国人が日本で消費する半分としても(実際には中国の高級ホテルへの支払い等を勘案するともう少し高額)、やはり日本人が中国に落とす金額のほうがまだまだ多いと見て間違いない。

 とはいえ、長引く日本の不況の中でワラをもすがるおもいの秋葉原や銀座のデパートなどの小売業や特定地方の観光地、商店街にとっては、中国人観光客が救世主であることは否めない。したがって、訪日中国人旅行客のキャンセルが相次ぐ状況が長引けば、これらの業界にはマイナスがのしかかる。しかし、全体として見たら、マスコミ報道から受け取っている印象ほどに中国が優位の状況ではない。 実際は、日本の観光産業全体の中での訪日中国人旅行のシェアは未だ限定的で、日中間の人の交流が一定期間途絶えた場合、実は中国側のほうがダメージは大きい。

 さすがに今回は、日中の領土・領海主権と、経済的利益とを単純に天秤にかける論調は多くなかったが、依然経済問題は日中間では重い。今回の件で、人件費の上昇や労働争議の問題等から浮上していた日系企業の中国離れや、日本の消費者の中の「メイドインチャイナ」への抵抗感が強く助長されてしまった。これは中国にとって利益ある方向とは言えない。
 
 韓国の事例をも頭に留めておきたい。2004年以来、韓国は、同じく自国の領海内で操業する中国漁船を約500隻も拿捕、乗組員をのべ3万人も逮捕してきた。しかし、このことは中国との間で特段の国際問題にもならず、最近は日本以上に中国人観光客の呼び込みに熱心だ。 つまり今度の尖閣事件では、中国当局者と日本の大手マスコミによって、日本だけが観光客減を強調されてカード化されてしまった。この種の思い違い・刷り込みは、日本では他の分野でも散見されるので、この際冷静に検証してみるのも悪くない。

 尖閣事件の余波としてもうひとつ大きく伝えられたのが、ハイブリッドカーなどに用いられる希土類(レアアース)の9月下旬の日本禁輸輸出停止措置であった。中国政府は輸出停止を指示していないとしたが、通関での中国係官による過剰チェックでレアアース輸出が滞り、日本では中国側の報復と伝えられた。しかし、中国産レアアースを原料使用するメーカー経営者は、「禁輸を長期化したら深刻だったかもしれないが、それでは中国のレアアース鉱山企業が干上がり、不可能だろう」と話す。 多くのメディアでも伝えているように、現在レアアース産出量では中国が世界シェアの9割以上。これは、最大の産地である内モンゴル鉱山では鉱脈が非常に浅く安価に採掘しやすかったためである。

 レアアース自体はもともとアメリカ(カリフォルニア)やオーストラリアなどでも産出されていたが、採掘人件費の安い中国産との価格競争に敗れて閉山した。9割以上のシェアを握った中国は、2009年あたりから日本をはじめとする各国に対して、レアアースを輸出制限し、価格をつり上げてきた。これは中国側の立場に立てば理解できる部分もある。従来、レアアース採鉱は、3K鉱業と言われるくらい割が合わないが、中国では元安で労働者の賃金を抑えて採鉱してきた。さすがに中央政府は地方鉱山での劣悪な採掘環境を改善すべく採掘規制をかけたが、現在レアアースの価格が急上昇してきたので、地方では利潤を求めて不法採掘・不法輸出が行われており、中央政府の統制が効かない。

 実は世界ではレアアースの埋蔵地がいくつも確認されている。レアアース価格上昇により、採掘再開や開業を2012年に設定しているのは、アメリカやオーストラリア、旧ソ連である。、つまりあと2年すれば中国のレアアース一人天下ではなくなる。日本では、一部を除いて輸入業者のレアアースの備蓄は3年はあるとされるので、さほどあわてる必要はない。 一方、中国はこのことで中国リスクを世界に喧伝してしまった。経済活動を政治問題の人質とするかのような手法は、まさに世界が中国に対して懸念してきた事態と受け止められ、この情勢に慌てた中国では、「レアアース禁輸は対日報復などではなく資源保護のため。 レアアースは日本だけでなく欧米諸国に対しても輸出を大幅に削減する」と発表した。日本ほどレアアース備蓄がない欧米では一斉に中国を非難し始め、中国は輸出制限などとは言っていないと、しどろもどろである。
 実はこのレアアース禁輸はWTO(世界貿易機関)問題に発展する恐れもある。中国は2001年にWTO参加国になり、それ以後貿易黒字の恩恵にあずかって経済大国となったが、WTOは政治的理由による貿易差別を禁止している。日本だけレアアース禁輸するのは明白なWTO違反なので、あわてて貿易制限するのは日本だけではないと修正したのだろう。 しかしそれだけではなく、貿易商品の国内外価格差もWTOのダンピング違反なので、中国国内企業だけレアアース優遇することもできない。これは中国にとっては頭の痛い問題になるかもしれない。


 ところで、日本による「船長」釈放後、ヨーロッパのメディアは、「今回の尖閣事件で最も得したのはアメリカだ」と断じた。
 南沙諸島、西沙諸島の領有権をめぐって中国と争い、今回の東シナ海と同様の「中国民兵漁船」の横暴に苦しめられてきた東南アジア諸国(ベトナム、フィリピン、マレーシアなど)のほか、韓国、台湾をも含むアジアの国々、さらにはオーストラリアにまで、「日本は頼りにならぬ。頼りになるのはやはりアメリカだけ」と思わせ、アメリカも軍事協力再確認のリップサービスを行って、対中国包囲網の気分ができたという意味だ。 米国との間に軍事的協力関係をもっているこれらの国々に対して、アメリカはアジア太平洋でのプレゼンスを心理面で支えた格好だ。アメリカはオバマ以後アジアから退き気味だったが、共和党などにはこの情勢を利用して中国を軍事面で牽制し、沖縄の普天間基地移設問題の解決につなげていく考えもあるのだろう。
 情勢不利と見てアメリカとの和解を模索した中国は、2011年1月のオバマ大統領との公式会談を申し込んだ際に、「南シナ海の南沙・西沙諸島や東シナ海尖閣諸島などの領有権主張は、チベットなどの核心的問題とは少し異なる」と、軟化の態度を示したという。 中国は今回の事件で自らアジア太平洋での孤立を招いたのである。

 さて経済問題に戻り、再び数字をあげよう。数年前の統計だが、1097億ドルと1225億ドル。これは、前者が日本の対中輸出額であり、後者は対中輸入額でほとんど均衡している。日中関係を論じる際に「中国は日本の最大の貿易相手国」とされるし、対中貿易赤字は年々少なくなっている。中国の経済統計はあてにならないが、中国政府当局者が「2010年4−9月期の日本の対中貿易はすでに輸出超過であり、貿易で儲けている日本が欧米と一緒になって元切り上げ要求に荷担するとはけしからん」と発表したところである(内容は合っているかも知れないが、言い方が憎々しいので、こういうところでも中国は損をしている)。

 実は、対中貿易統計に香港は入っていないが、香港も対中貿易に含めるとだいぶ前から日本の対中貿易は黒字であることは、知る人は知っている。 対中貿易赤字と失業に悩み中間選挙を控えるオバマ政権では、アジアにおける心理的優位を得た状況のなかで、アメリカ議会の要求もあり中国に対し元の切り上げを強く迫る法案を出してきた。すでに議会では、いくつかの中国製品に対して多額の関税をかける制裁案を発表してもいる。日本の大手マスコミのなかには、米国やG7の中国への圧力強化を歓迎するかのような論調があるが、そう単純ではない。中国高官が述べたように、日本にとってはこれは大きな経済リスクを孕んでいる。
 そのリスクとは、日中間貿易で日本から中国へ輸出した分には、日本で作った高額精密部品を中国へ輸出している分が相当あることである。その部品が中国で組み立てられ、メイドインチャイナとして欧米へ輸出されているケースも多い。即ち、今の中国への制裁が進むと、まわりまわって日本の製造業が圧迫される可能性もある。 もちろん米国はこうした点も見通して、日本を叱り宥め、北京には日本を叱ったことで恩を売りつつ、自国の議会の圧力を受けた恰好で、G7などとともに中国に貿易黒字縮小のための通貨切上げを迫るストーリーをつくっている。

 中国政府首脳は元の切上げは中国経済破滅に繋がると固く信じており、貿易黒字削減の方がまだましと信じているふしがある。日本が経済没落した原因は過去に欧米の不当な圧力に屈服して円切り上げをさせられたことだと、中国政府は解析していると言う。そのため、今後中国は銀行貸出し金利を引上げることで、元切上げ圧力をかわしてゆこうと考えている。 しかし基本的に中国労働力の賃上げも必要なために、いずれは元切上げは避けられず、中国当局としても急激な切上げによる経済状況悪化を避けながらも、ソフトランディングの時期を探っている状況と推測される。領土問題から発したトラブルは、中国の経済問題に飛び火してしまった。


 アジアでの孤立が鮮明になってきた中国は、領土問題を近年話し合い解決したロシアとの連携強化をアピールしたが、経済問題に飛び火した現段階ではあまりアピール効果はない。むしろ問題は、今度の尖閣事件とそのあとの対応で、中国が日本一般国民の対中嫌悪感情に火を付けてしまったことだ。このもう中国とはつきあいたくないという日本の嫌中感情は自然発生的なもので、中国での官製デモなどとは全く異なる。 これは日中双方にとって不幸なことである。

 日本は、複雑の上にも複雑な国際社会の思惑の渦の中にある。この国難を乗り切るには、従前のことなかれ主義に終止符を打ち、あらゆるオプションを排除せずに現実と向き合う覚悟と、他方、真に柔軟な外交戦術が必要とされる。 今回の尖閣諸島問題とは別だが、日本の円高はしばらくは止まらない。そこで円高でもやってゆける(というよりも円高のほうが利益が出る)経済システムを確立する方向に、この1-2年で官民一体となって舵を切るべきであり、さもないと日本の製造業拠点が中国流出した10年後に、今度は極端な円安となって日本の経済システムはずたずたになってしまう。この大変な時期に政権党である民主党の責任は重大である。

 中国の方でも、国民の反日感情を政治的に利用しようなどと考えていると、あらぬ方向に火が拡大してデモが制御不能な暴動になり、WTO等の国際経済社会からも孤立して、2020年に突入する人口オーナス(労働人口減少、経済停滞)を目前にして、下手をすると13億人を食べさせてゆくための中国経済が回らなくなるかも知れない、との教訓を、今回の事件から得たのであれば良いが。


2010年10月23日
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