世界経済の変調とアベノミクス
アベノミクスに必要な円安政策  2014/10/17

 円安が日本にとって良いことは、あまねく認められている真実だ。 経済の再浮揚を図る安倍晋三首相の計画にとって弱い通貨が重要な目玉であることは、少なくとも(国内の)東京では概して認められていない真実だ。 2年近く前に安倍氏が大規模な金融緩和政策を推進することが明白になって以降、円は対ドルで約26%下落した。円安は輸入価格を押し上げることで、消費者物価を日銀のインフレ目標である2%に向けて上昇させることに一役買った。 一つだけ障害がある。 円安は結局、日本にとって全面的に良いことではなくなったかもしれないのだ。
■輸出立国ではなくなった日本
 これにはいくつか理由がある。一つは、2011年の福島原発事故後に存続する48基の原子炉すべてが操業停止となった結果、日本のエネルギー費用が急増したことだ。これは、従来よりはるかに多くの石油と液化天然ガス(LNG)を輸入することを意味した。エネルギー輸入は日本の場合、原油価格に連動させた価格の高い長期契約を通じた購入で、日本の貿易収支に打撃を与えることになった。 LNG輸入増加によってで2兆円強分の貿易赤字を積み増した。 さらに、円安と原油価格の高騰によって、日本での石油やLPG価格は急上昇した(追)。
 円安は事態を悪化させる一方だ。その結果、一貫して健全な貿易黒字の上に築かれてきた日本経済は、ほぼ慢性的な貿易赤字に転落した。日本はまだ外国から多額の投資収益を得ているが、最近は拡大する貿易赤字を埋めるには十分ではなくなった。日本は8月、上半期(1~6月期)の経常収支が(比較可能な1985年以降)ほぼ30年ぶりに赤字になったと発表した。
 円安が天恵ではないかもしれないもう一つの理由は、一般的な認識に反し、日本がもはや輸出主導型の経済ではなくなったことだ。輸出が経済生産に占める割合は約15%。これに対してドイツでは51%、韓国では54%に上る。
 大手自動車メーカーや電機メーカーを含む日本の製造業者の多くは、需要のある場所に近づくために生産を海外へ移した。さらに重要なのは、多くの先進国と同じように、日本のサービス経済が優位に立っていることだ。つまり、日本人の大部分は、円安の恩恵と同じくらい円高の恩恵を受ける可能性がある企業に雇われているわけだ。
 それでも、英調査会社キャピタル・エコノミクスによると、全体としては日本株式会社はやはり円安の方が有益だという。多くの企業は、市場シェアの拡大を求めて価格を引き下げるより、むしろ安くなった円で海外の利益を本国に還流させた。キャピタル・エコノミクスは、日本企業の最近の利益急増の4割が円安に起因するものだと試算している。
 これは一見したほど良いことではない。企業が長年にわたって現金をため込んできた経済国では特にそうだ。海外で生産している企業は利益拡大はしたが、それが日本国内への(追)投資にあまり貢献しなかった。さらに悪いことに、消費に対するインパクトは最小限にとどまった。というのは実質賃金が低下し続けたからだ。
 実質賃金の低下は、少なくとも増えた利益が賃金に還元される前の初期段階では、必然的なインフレの副作用なのかもしれない。SMBC日興キャピタル・マーケッツのジョナサン・アラム氏が指摘しているように、安倍氏が消費税率の3%引き上げにこだわったことは、恐らく円安以上に家計支出に大きなダメージを与えた。 
 いずれにせよ、年内に重要な知事選、来春に地方選挙が控えている首相にとって、自身の名前が付いた経済政策(アベノミクス)のために大半の有権者が前より貧しくなったと感じていることは決して理想的ではない。
■ひるんではならない安倍首相
 安倍氏は明らかに円安の恩恵について考え直している。同氏は円が1ドル=110円という6年ぶりの安値を付けた後のコメントで、円安には良い面と悪い面があると述べた。この点を強調するかのように、その拡張的な金融政策が円相場を引き下げた日銀の黒田東彦総裁が、見解を説明するために国会に招致された。
 こうした状況は、アベノミクスの未来にジレンマを突き付ける。アベノミクスは、日本経済をデフレから脱却させるために政府と日銀が協力する画期的な取り決めを承認することで始まったもので、両者間の亀裂の兆しが少しでも見えたら、市場が揺らぎ、言葉の力に依存するリフレ政策の信頼性が弱まる。 消費者物価のコア指数は現在、年間1.1%という緩やかなペースで上昇している。だが、これでさえ恒久的に続く状況なのかどうかは全く不透明だ。
 黒田氏が指摘したように、15年間も続いた物価下落の後でインフレ期待をつなぎとめることは容易なことではない。円安が日銀の最も強力な政策手段であることは誰もが知っている。もし日銀が安倍氏からの政治的圧力を受けてよろめくように見えたら――例えば、日銀が追加の量的・質的金融緩和に尻込みするようなことがあれば――、リフレの実験全体が暗礁に乗り上げる恐れがある。
 円安がもはや期待通りのものではないという安倍氏の直感は正しい。 また、痛みを相殺する賃金上昇がないインフレは、有権者よりもマクロ経済学者に人気だという見方も正しい。 結局アベノミクスとは、インフレによって国の借金を減らし、個人資産を投資に向かわせ、さらに円安と株高によって外資を呼び込んで、大企業中心で日本の経済活性化をはかる政策に過ぎないからだ。 当然大多数の有権者、すなわち低所得の庶民や年金生活者にとっては、生活が苦しくなる(追)。
 しかし、一旦方向を決めてしまった安倍氏がここでひるんだら、日本経済は悲惨なことになる。 持続可能なインフレを実現することは、アベノミクスの中心となる信条だ。 デフレに逆戻りすれば、それをすべて投げ出すことになる。 好むと好まざるとにかかわらず、円安は計画の一環なのだ。
 By David Pilling (2014年10月16日 FTより)

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信用ブームの影響を逃れられない世界経済
 大規模な信用拡大に続き、危機が訪れ、その後の対応に追われるというのが世界経済の習い性となった。現在は、7年前に襲った危機から米国と英国が脱却しつつあるようだ。その一方でユーロ圏は危機後の停滞から抜け出せず、中国は2008年の危機後の輸出収入の減少を埋め合わせるために膨らんだ債務に苦しんでいる。
■信用ブームの崩壊、ついに中国へ
 持続不可能な信用ブームが世界のどこかで起きなければ、世界経済は潜在的な供給を吸い上げる十分な需要を生み出せないように見える。まるで「信用ブーム保存の法則」があるかのようだ。この四半世紀を振り返ると、日本の信用ブームは1990年を境に崩壊し、アジア新興国の信用ブームは97年に崩壊。北大西洋地域では07年を過ぎると崩壊し、ついに中国の番が来た。
 最近発表された「第16回ジュネーブ・リポート」の著者は、こうした陰鬱な仮説に立っていない。事の是非はさておき、『レバレッジの解消:どんなレバレッジ解消か?(Deleveraging: What Deleveraging?)』と題されたこの報告書の著者たちは、個々の信用サイクルが本質的に独立した事象だと考えている。報告書は、危機後のレバレッジ解消の限定的な性質や、ユーロ圏の苦境、中国が直面する重大な課題を明らかにしている。
■世界中で公的債務が急増
 世界全体で見ると、08年以降にレバレッジの解消が進んだわけではない。高所得国を単一ブロックとして見た場合も同様だ。米英の金融セクターではレバレッジが解消され、家計部門も債務の圧縮に向かった。家計の負債は米国とユーロ圏で同程度になった。
 一方、公的債務は急増した。金融危機が財政赤字の急増につながったことは、米ハーバード大のケネス・ロゴフ、カーメン・ラインハート両教授が著した『国家は破綻する――金融危機の800年(原題:This Time is Different)』の最も重要な研究成果の一つだ。危機発生以来、国内総生産(GDP)に対する公的債務の比率は英国で46ポイント、米国で40ポイント、ユーロ圏で26ポイント増えた。民間のレバレッジ解消が急速に進んだ米国でさえ、全体でみた圧縮幅は小さかった。
 中国では97年以降、金融セクターを除いた全体の対GDP債務比率は72ポイント跳ね上がり220%に達した。こうした債務の急拡大は中国の成長率に、現在の予想を超える深刻な悪影響をもたらすに違いない。
 信用サイクルが重要なのは、しばしば有害な結果をもたらすからだ。先の報告書は考えられる結果を3つのカテゴリーに分類した。「タイプ1」は、90年代初めのスウェーデンのようにGDPの水準が低下し、危機後も元には戻らないが、成長率は回復するもの。より深刻な「タイプ2」は、90年代以降の日本のようにGDPの絶対値は低下しないが、潜在成長率が危機前に比べて低迷するものだ。最後に「タイプ3」は、現在のユーロ圏のようにGDPの低下と潜在成長率の恒久的な低迷が同時に起きるものだ。これはおそらく、米英でもそうだろう。
 このように同時に低下する理由はいくつか考えられる。1つは危機前のトレンドが持続不可能だったこと、さらには、金融危機後に自信が失われ、投資や技術革新にとって不利な状況となったことがある。だが最も重要な理由の1つは過剰債務だ。報告書にあるようにレバレッジ解消は困難なものだ。1930年代のように銀行破産が相次ぐのは破滅的な事態だ。しかし債務から抜け出そうとすれば、高債務から低成長への悪循環を生み出し、債務が一層積み上がることになるだろう。
 現在、高所得国では長期金利が低下している。ユーロ圏では欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が12年7月に「何でもやる」と約束したことが大きい。残念ながら、ユーロ圏の名目GDPの伸びも微々たるものだ。緊縮財政と構造的な民間需要低迷の打撃を受け、ユーロ圏の物価上昇率は超低水準にとどまり、実質GDPの伸びも弱々しい。
■需要を待ち続けるユーロ圏
 信じられないことに、ユーロ圏は世界規模の需要という、来るあてのない相手を待ち続け、それが経済成長と債務の持続可能性をもたらすと考えている。小国には有効な方法かもしれないが、すべての国に有効なわけではない。先の報告書は「高まる一方の債務水準と減速する一方のGDPという有害な組み合わせ」について論じている。さらに、ユーロ周辺国ではこの思い通りにならない悪循環が深刻だと述べている。驚くにはあたらない。危機に見舞われたユーロ圏諸国は後ずさりし、政策は必要な成長を度外視しているからだ。
 危機後の対応では、迅速な損失把握と銀行の資本増強、積極的な財政・金融政策という組み合わせで経済成長を支える必要がある。その狙いは、一方では債務削減と資本増強に取り組み、他方では力強い経済成長を追い求めるというハサミの両刃を使いこなすものであるべきだ。米国はこの組み合わせに最も近づいている。
 しかし危機の最も大きな教訓は、そもそも経済を維持するために、その長期的能力を超える債務を抱えてはいけないことだ。この点で期待したいのは、「マクロ・プルーデンス(システム全体の健全性維持)」政策が望ましい成果を上げることだろう。
 信用ブームはどこからともなくやって来るのではない。需要を維持しようとする政策によって、大抵は世界経済の別の地域が発端となって生じるものだ。中国で起きている事態もそうだ。我々はこの容赦なく執拗なサイクルから脱却する必要がある。しかし今は、民間部門が主導する信用ブームという悪魔に魂を売り渡してしまった。この先にさらなる災難が待ち受けているのは間違いない。 By Martin Wolf (2014年10月8日 英FTより)

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 米国のノーベル賞経済学者ポール・クルーグマン博士は、2014年10月31日付の米紙ニューヨーク・タイムズに、「日本への謝罪」と題する手記を寄稿した。 「これまで日本政府と日本銀行が1990年代以降にとってきた経済政策を、我々は「失われた20年だった」とさんざん批判してきたが、欧米の政策に関しても2008年以降は日本がかすむほどの失敗だった」、と指摘し、「そのため我々は、アベノミクスを実行した日本に対してこれまでの非礼を謝らなければならない」、と現在の心境を吐露した。
 ところで2014年9月に死去した宇沢弘文東京大学名誉教授は、米国大学経済学部教官だった若き日に、クルーグマンの市場経済原理主義と対立し、帰国後は日本の社会的経済主義をリードした。
-合掌-(追)



スコットランド独立投票に続く、イギリスEU離脱を問う2017年国民投票。キャメロン首相の賭け
 英国のキャメロン首相が、欧州連合(EU)離脱へと追い詰められている。 国内で台頭する反EU・移民制限政党が支持を伸ばしている焦りから、これまでの親EU路線を変更。 スコットランド独立をめぐる住民投票に続き、EUからの離脱の是非を問う国民投票の実施という“劇薬”で支持の回復を狙うものの、下手をすると本当に意図せざるEU離脱に追い込まれかねない状況で、逆に悩みは深まるばかりだ。
■EUに約2900億円の追加供出求められ激怒
 「完全に怒っている」「到底受け入れられない」。 2014年10月24日、ブリュッセルで行われたEU首脳会議後の記者会見で、キャメロン氏はみるみる顔を真っ赤にさせて、怒りをぶちまけた。今年のEU予算に関連し、経済が好調な英国が21億ユーロ(約2900億円)と追加拠出を求められたことを受け、不当な請求だと訴えた。 実はキャメロン氏が追加拠出問題を示唆されたのは首脳会議に着くほんの数分前。 しかも政権の右腕でもあるオズボーン財務相は数日前に知らされていたという。情報の蚊帳の外に置かれたことも含めて、会見では悔しさや憤りをあらわにし、12月の拠出期日までに「払うつもりはない」と繰り返した。
 21億ユーロの追加拠出は確かに加盟国の中でも突出した金額だが、英国の国民総所得の0.1%にも満たない。それでもEUに対する「過剰反応」(英フィナンシャル・タイムズ紙)ともみえる姿勢を強める背景には、いまや政権にとって最大の悩みの種となった英国独立党(UKIP)の存在がある。 EU離脱と移民制限を掲げるUKIPは、EUからの移民に職を奪われたり、格差が拡大したとする労働者などの不満の受け皿となり、英国内で金融危機以降に急速に支持を伸ばしている。
■野党UKIPの支持拡大で強硬姿勢示す 
 英国の典型的な上流階級出身のキャメロン氏とは対照的に、UKIP党首のファラージュ氏はパブで支持者とギネスビールをかたむけながら語り合う気さくさが武器。 英メディアでは、同氏の笑顔から保守党に対する「にこやかな暗殺者」とまで呼ばれている。その一方で、イスラム教徒など移民に対する過激で差別的な発言がたびたび国内で批判を受けてきた。 キャメロン氏も先手を打ってきたつもりだった。 昨年1月、「2015年5月の英総選挙で同氏が率いる保守党が勝てば、EU改革を進めたうえで17年にEU離脱の是非を問う国民投票を実施する」 とする方針を打ち出した。 キャメロン氏自身は実際は影響の大きいEU離脱には反対の立場とされるが、あえて強硬な姿勢を示すことで、UKIPに流れている支持層を呼び戻す狙いがあったのだ。
 当時英エコノミスト誌はリスクの高い企てだとして、ギャンブラー姿のキャメロン氏を表紙に描いた。 だが、今のところその「賭け」は裏目に出ている。 国民投票の公約を打ち出したあとも、UKIPは順調に支持を拡大し、5月の欧州議会選挙では議席数で英国の第1党に躍進。 保守党若手ホープのUKIPへの転籍が相次ぎ、10月の補欠選挙では、UKIPが下院で初めて議席を獲得した。11月下旬の補欠選挙でも、新たな議席確保をうかがう勢いだ。 英国の総選挙は小選挙区制で小政党は本来、議席獲得が難しいだけに、衝撃は大きい。 「UKIP対策にこだわればこだわるほど、キャメロン政権は本来の魅力を失っている」 キャメロン政権でかつて外交政策を担った保守党議員は、10月25日の英紙への寄稿で古巣への懸念を示した。
 就任当時43歳と、戦後の英国で最も若く首相に就任したキャメロン氏は、政治的な経験不足を指摘されながらも清新さがあった。 その後、同年代のオズボーン財務相などを抜てきし、法人税や社会保障制度改革、財政再建など経済優先・親ビジネス路線を着実に進めたことへの一定の評価もある。 ところが、今はUKIPを前に持ち味が生かせず、負けじと反EU政策や移民制限を打ち出すのに躍起だ。 産業界は「このままでは誰も望んでいないEU離脱に突き進むのでは」と本気で心配している。 
 「キャメロンが夜眠る前に考えているのはUK(英国)ではなく、UKIPのことだ」。 9月下旬に行われた野党・労働党大会の最終演説で党首のミリバンド氏が発言すると、その日一番の喝采が起こった  労働層を味方につけ、エリートぞろいのウェストミンスター(英議会)批判で英政治を揺さぶるファラージュ氏の手法は、9月の住民投票で英国を分裂の危機に追いやったスコットランド民族党のサモンド党首(当時)に似たところもある。 ミリバンド氏の指摘通り、対UKIPへの執着はキャメロン政権にとって命取りになるのか。   NIKKEI小瀧 2014年10月29日


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黒田日銀総裁の2014年ハロウィーンサプライズ金融緩和が世界経済を走らす
/日経小栗編集委員 

 これほど鮮やかな金融緩和は見たことがない。10月31日午後の緩和決定直後、日経平均株価は一時、875円も跳ね上がり、円相場は一時、1ドル=111円台に急落した。 リーマン・ショック以降、欧米メディアでは「バーナンキマジック」とか「ドラギマジック」という表現が飛び交ったが、今回は紛れもなく「黒田マジック」だった。 今回の金融緩和の最大の狙いは、円安・株高シナリオを復活させることだった。日銀の目標が「2年で2%」という物価安定にあることは間違いない。このため今回の追加緩和が下振れ気味の物価にどれだけ作用するか、疑問を投げかける声もある。 だが半面、アベノミクスは円安・株高をテコに、マーケット主導でデフレからの脱却を目指す政策であることも確かだ。 その意味で追加緩和をひもとけば、マーケットを知り尽くした日銀の黒田東彦総裁が、マーケットに最も効果的に働きかける時期と手法を駆使したと解釈する方がすっきりする。
 アメリカが金融緩和の蛇口を閉めることを決定して直後の、日銀の金融緩和サプライズ政策だ。 世界中の株式相場は上昇した。 世界のマーケットも、今後は日本がアメリカに代わって世界のお財布になってくれると判断したのだろうか。 いずれにしても、EU各国や米国、韓国など経済停滞に悩む世界の国々は、このアベクロノミクスとでも言うべき日本の実験の行方を目をこらして眺めている(追)。
■即断即決の追加緩和
 追加緩和がいつ、どう決まったかは分からない。 日銀政策委員の評決は5:4のぎりぎり過半数だったという(追)。 だが即断即決だった証左はいくつも垣間見える。 10月31日午後3時、追加緩和決定直後の日銀本店エレベーター内。疲れ切った表情の若手職員が同僚にこう漏らした。「いやあ、昨日は徹夜。今やっと昼飯にありついたところですよ。今回は厳しかった」。彼は7階で降り、金融政策を立案する企画局の方へ去っていった。 察するに、急きょ決まった追加緩和の資料作りや黒田総裁が記者会見で使うボードの準備に携わっていたのだろう。 突貫工事の後のような顔つきだった。 事務方の準備がばたついたのは、準備期間が短かったことを物語る。 おそらく円安・株高の相乗効果を期待できる年金積立金管理運用独立行政法人 (GPIF)の運用方針発表に合わせたいという判断もあったのだろう。GPIFは日銀総裁会見の直後、呼応するように夕方から年金の運用先を株式や外貨建て資産に多く振り向けることを発表した。 記者発表が31日になることが固まったのは、この1週間の話だ。 市場では、黒田総裁が物価の見通しを変えていない以上、追加緩和は年明けになるという声が多かった。 だがGPIFの発表と米連邦準備理事会(FRB)の量的緩和終了決定が重なる今回の金融政策決定会合 で実施した方が効果的だという直感が働いたのだろう。 円安・株高を誘発する政策の集約で相場の方向感が固まれば、市場の催促で何度も追加緩和を迫られる事態を避けられる。 「政策の逐次投入はしない」と公言する黒田総裁の方針にも合致するわけだ。
■物価よりもマーケット
 今回の追加緩和決定は9人の政策委員のうち、5人の賛成で決まった。事実上、議長の黒田総裁の裁決で決定した格好だ。賛成したのは3人の日銀執行部と2人の審議委員。1票差の決定は極めて異例の事態。時間が限られるなかで、黒田総裁が執行部の意思を固め、最低でも過半数になるように審議委員2人を説得したという筋書きが透ける。1票差の決定では市場の信認が揺らぐ恐れもあるが、追加緩和を今回実施すれば、それを吹き飛ばすほどの効果を期待できると踏んだのだろう。 日銀が物価の番人であることに変わりはない。ただ今回の黒田日銀のアプローチは、様々な市場の金融商品を買うことでお金の流れを活性化させ、物価そのものを押し上げる手法ではなく、マーケットの活況で家計や企業のデフレマインドを抑え込む手法に転換したことを物語る。まさに「マーケットの時代」の金融政策運営だ。黒田総裁は追加緩和決定後の記者会見でも「デフレマインドの転換」というキーワードを多用した。
 今回の日経平均株価 の900円近い急騰や円相場の2円近い急落は、市場参加者に円安・株高シナリオの再来を告げるのに十分なものだった。なぜこんな大幅な値動きが起きたのか。 実は現在の株式市場や為替市場はコンピューターによる超高速売買が主体に変わりつつある。これらのシステムには「中央銀行 の金融緩和」や「機関投資家の株式購入」といったキーワードに即座に反応し、一方向に売買を繰り返す仕組みが盛り込まれている。市場では、今回の激しい値動きがこうしたシステム取引にデリバティブ取引が絡んで起きたという見方が多い。市場に精通している黒田総裁が現在の相場構造を理解していれば、日米の金融政策やGPIFの決定を集約させる方が効果が大きいと判断するのは自然な選択肢だ。来年秋の消費増税決定への追い風にもなる。
■許容できる円安の限界
 気がかりは、2013年の異次元緩和決定時に効果を上げた手法が、今回も効果を発揮するかという点だ。 例えば円安誘導。当時の水準と違い、現在の水準は家計や企業すべてが一段の円安に賛成できるものではない。円安で企業の原材料調達費が高騰し、食料品や日用品の値上げは家計の財布のひもを固くする。 黒田総裁は「円安による値上がりは商品市況 の下落で相殺されている」と抗弁するが、商品市況が低位安定する保証はない。 中間選挙が控える米国も、1ドル=110円より円安・ドル高水準を許容できるか微妙だ。 実際、9月末に110円より円安になった段階で、米政府やFRBからドル高懸念が一斉に漏れ始めた経緯もある。 
 マーケットに働きかける日銀の金融政策運営がいつまで効果を発揮できるか。 黒田総裁は「追加緩和のオプションはいくらでもある」と強調するが、そろそろ為替水準面で難しい局面にさしかかっている感は否めない。
 さらに最も難しいのは、出口戦略はあるのだろうかと言う点だ。 世界マーケットからの信認を失わずに、何時どのように日本財政再建に向けての金融緩和の出口に向かおうとするのか? いろいろと手はあるとは言うものの、これも黒田サプライズに頼るしかないのだろうか(追)。

日銀が2014年10月31日の金融政策決定会合で追加緩和を決定し、同日の米国市場でも株高・円安が急速に進んだ。ダウ工業株30種平均は大幅に続伸し、前日比195ドル10セント(1.1%)高の1万7390ドル52セントで終えた。9月19日に付けた最高値(1万7279ドル74セント)を上回り、約1カ月ぶりに最高値を更新した。円相場は大幅に4日続落し、前日比3円15銭円安・ドル高の1ドル=112円30~40銭で取引を終えた。一時112円47銭と、2007年12月31日以来ほぼ6年10カ月ぶりの円安・ドル高水準を付けた。市場関係者に今後の展望などを聞いた。
「日銀緩和がけん引、相場の乱高下は継続」
キングスビュー・アセットマネジメントのポートフォリオ・マネージャー、ポール・ノールト氏
 10月31日の米株式市場でダウ工業株30種平均が過去最高値を更新したのは、日銀が追加の金融緩和を決定したためだ。追加緩和による日本株高がけん引する形で世界の株式相場が活気づいたことで投資家心理が改善し、米株式相場の上昇につながった。 日銀が追加緩和に伴う巨額の国債購入を続けて金利を低く抑えることで、投資家の資金は債券から株式市場に戻ってくるだろう。日本の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が海外株式の投資比率を引き上げたことも米株式相場の下支え要因になるとみている。 もっとも、米株式相場の上昇が一本調子で続くとはみていない。10月には世界的な景気減速懸念をきっかけとして、ダウ平均が一時1万6000ドルを割り込んだように上にも下にも大きく乱高下しやすい相場展開が続くと予想している。
「日銀の追加緩和が支援材料、年末にかけ米株上昇」
運用会社フォートピット・キャピタル・グループのシニアアナリスト、キム・コーフィー氏
 10月31日の米株式市場でダウ工業株30種平均が最高値を更新したのは、日銀が予想外に追加金融緩和を決めたからだ。米連邦準備理事会(FRB)を除く主要な中央銀行は緩和的な政策を長期にわたって続けるか緩和の度合いを強める方向性にあり、今後も余剰資金が米国に向かうとの観測から買いが入った。 10月前半にあった世界景気の減速懸念などを現在の相場は消化した格好だ。背景には市場関係者が米景気の先行きや企業業績に自信を強めたことが大きい。30日発表の7~9月期の米実質国内総生産(GDP)の速報値が市場予想を上回ったことも引き続き好感されている。世界経済の中で米景気の拡大基調の強さが際立っている。年末にかけて米株式相場の上昇基調が続くとみる。
「日銀の積極的な動きに驚き、年内120円も」
市場調査会社フォーリン・エクスチェンジ・アナリティクスのパートナー、デービッド・ギルモア氏
 日銀による追加の金融緩和はまったくの想定外だった。今回は景気見通しをやや下方修正する程度と思っていたが、早急な動きで驚いた。今回は資金供給量(マネタリーベース)を年80兆円と以前から10%以上も拡大した。年間でみた資金供給量では世界の主要国の中で最大級の緩和となり非常に積極的な動きとみている。日米の金融政策の方向性の違いが鮮明となり、対ドルでの円相場は年末に向けて1ドル=115~120円に取引水準を切り下げる公算が大きい。 黒田東彦総裁はデフレ脱却への強い決意を示したが、物価上昇を促すには金融緩和だけでは十分ではない。年末にかけて日本政府が打ち出す消費刺激策など経済政策の効果については不透明で、物価上昇率にどの程度寄与するか見極めが難しい。今後も日銀は一段の緩和に踏み切る可能性がある。
「日銀の追加緩和は想定外、115円目指す」
ウェルズ・ファーゴ証券の為替部門責任者、ニック・ベネンブルック氏
 10月31日の外国為替市場で円が対ドルで1ドル=112円台まで下落したのは、同日に日銀が市場の予想していないタイミングで追加の金融緩和を決めたからだ。いずれは緩和に踏み切ると予想されていたが、想定よりも早かった。 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用方針を見直し、海外の証券投資を増やすと決定したことも円売り・ドル買いを誘った。10月の相場急変動を受けて円の売り持ちを整理する動きが進んでおり、市場参加者が円売りを出しやすくなっていたことも円安に拍車がかかった一因だ。 日米の金融政策の方向性の違いがさらに鮮明になってきたこともあり、年末にかけて円安が進むとみている。今後3カ月間で円は115円近辺まで下げるだろう。  NQNニューヨーク


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中国経済、痛み伴い「新常態」へ(社説)  2014/10/23 15:17

中国が2014年10月に発表した国内総生産(GDP)の数値は、歴史上最も偉大な経済成長の物語の終わりを示唆した。1980年から2009年にかけて、中国は平均で年率10.1%の成長を続け、世界で最も人口が多い国から世界第2位の経済大国に変貌した。だが、いまでは、中国政府の官僚らによれば、世界金融危機の後の四半期で最も低いGDP成長率を発表するに至った。私たちは、「新常態(ニューノーマル)」による中国経済の減速に備えるべきだ。だが、痛みを和らげるようなこうした言い回しは、揺らぎ始めた現実を覆い隠すだけだ。中国が脱却に取り組まなければならない債務のアリ地獄は、とても正常といえない。
■債務返済、インドのGDPに匹敵
 格付け会社のフィッチ・レーティングスによると、中国の債務総額は金融危機後に実質的に2倍となった。GDPのおよそ240%にあたる。市場金利を平均7%とすれば、中国が債務返済にあてる負担は今年予測されるGDPの約17%にあたる1兆7000億ドルに達する。
 要するに、中国の政府、公的機関、企業、個人を含む債務者は、インドの昨年のGDP(1兆8700億ドル)に匹敵する債務の返済を強いられるのだ。これは韓国(1兆3000億ドル)、メキシコ(1兆2600億ドル)、インドネシア(8700億ドル)のいずれのGDPも上回る規模だ。
 中国にとってさらに深刻なのは、こうした債務が国内経済のダイナミズムに及ぼす麻薬のような影響だ。80年から09年にかけて中国が急成長した「キャッチアップ」の時期には、GDP比の債務返済負担率は、経済成長率を余裕で下回っていた。それがいまでは14年第3四半期の成長率である(前年同期比)7.3%の2倍を超える。これが何を意味するのかは明らかだ。中国の企業や個人は一段と債務返済に追われるようになり、投資や消費を手控えるようになる。1兆7000億ドルという債務返済の負担は14年1~9月に民間企業が工場や設備に投資した額に匹敵する。さらに、今年に入ってから建設や不動産購入にあてられた総投資額を上回っている。
■これからひと波乱も
 借金による投資が支える経済にとって、債務返済がもたらす疲弊は致命的だ。経済成長率が昨年の7.7%から減速する一方、投資水準はGDP比で48%を維持している。中国が「投資に見合うだけの利益」を得ていないことは明らかだ。中国が減速する景気を下支えするため、債務負担を伴う様々な刺激策を打ち出すことはないだろうとみられている理由はここにある。金融危機への対応(中国政府が実施した公共投資を含む巨額の景気刺激策)はこうしたしっぺ返しにつながり、中国経済のダイナミズムを揺るがす借金疲れを悪化させるに違いない。
 中国にとって厄介なのは、新たな景気刺激策にかわる対策を立てる場合も落とし穴が潜んでいることだ。フィッチは、仮に不動産の過剰供給を解消すれば、空室率はいまの約28%から08年の水準に低下する推測する。ところが、その場合の成長率は、多くの人たちが「ハードランディング」と呼ぶ4%前後に低下するとみられる。
 中国にとっては、持続できない信用拡大と、資源輸出国の経済に打撃を与えるような内需の大きな落ち込みの間でバランスをとるような小手先の措置は必要ない。信用と生産能力の圧縮を伴って進める改革を続けることが、唯一の現実的な選択肢である。このほかの手段では、債務にどっぷりと漬かった持続できない体質がさらに悪化することになるだろう。中国経済の「新常態」にはひと波乱あると思った方がよいだろう。
 (2014年10月23日付 英FTより)


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1年経っても改革がうまく進まない上海自由貿易区

中国の李克強(リー・コーチアン)首相は先月、上海自由貿易試験区を視察した。約1年前、金融改革や本格的な規制緩和に向けた「実験の場」として鳴り物入りで発足した特区だ。李は試験区の設置を後押しした大物政治家の1人とされ、このプロジェクトが失敗すれば大きな痛手を被ることになる。 当初、試験区への期待は非常に高かった。「財経」誌編集長の胡舒立(フー・シューリー)はその重要性について「1980年代の経済特区の設置と2001年の中国のWTO(世界貿易機関)加盟に続く、中国経済自由化の3つ目の大きな節目と言えるだろう」と述べた。「貿易自由化、投資の規制緩和、行政の効率化、国際標準に沿った金融システムの改革といった上海の使命は、国益に大きく関わる」

だが現時点で、試験区は期待に応えているとは言い難い。 フィナンシャル・タイムズは先月初め、試験区での規制緩和が進んでいないことに失望感が広がっていると伝えた。金利の自由化や資本移動の規制緩和といった面で「大きな変化はまったくと言っていいほどみられない」と同紙は指摘する。
改革の遅れは、経済界だけでなく中央政府にとってもいら立たしい問題だ。
 試験区の規制緩和でさえなかなか軌道に乗れないのだから、旧来の政策を変えようと試みる李や習近平(シー・チンピン)国家主席ら改革派がどれほどの困難に直面しているかは想像に難くない。中国経済を消費主導型に転換する政策は政治的に難しいのでは──試験区の改革の遅れをきっかけに、そんな懸念も高まっている。 人材の問題もある。国営新華社通信は9月半ば、試験区管理委員会の常務副主任だった戴海波(タイ・ハイポー)が離任したと伝えた。香港の英字紙サウスチャイナ・モーニングポストによれば、汚職の取り締まりに関連して辞任を余儀なくされたという。 同紙の表現を借りれば、戴は「経済特区に外資を呼び込む経験豊かなテクノクラート」。試験区のある上海市浦東新区の官僚は同紙に対し、戴の辞任は試験区の「発展を遅らせる要因になり得る」と述べている。

12の新試験区も設置間近
 
そんな状況のなか行われた李首相の視察は、試験区が中央政府の肝煎りのプロジェクトであることをあらためて印象付けた。財経の記事によれば、試験区の当局者は李に、外国企業の投資を例外的に制限・禁止する業種を定めた「ネガティブリスト」の大幅な縮小案を提示。李は市場の成長余地を広げるため、今後もリストの項目を減らしていく必要があると述べたという。 李首相は外国企業が進出しやすい環境づくりも重視している(ロイターによれば、試験区に進出した企業のうち外国企業が占める割合は、7月時点で12%にすぎなかった)。 試験区では国有企業と民間企業が平等な扱いを受けていると自画自賛する上海の当局者に対し、李はそれだけでは不十分だと指摘した。外国企業と国内企業が同じ土俵の上に乗らなければならないと述べたという。 もちろん、試験区が失敗したと断ずるのは時期尚早だ。「いったん改革が本格始動すれば、後の変化はすぐに起きるはず」と、香港のHSBCの外為ストラテジスト王菊(ワン・チュー)はフィナンシャル・タイムズに語っている。

中国政府は今後、さらに12の試験区を開設する計画だ。基本的には上海式を踏襲するものの、それぞれ異なる政策や手法を試すことになっている。 中央政府のトップからあらためてハッパを掛けられた上、新設される試験区から追い上げを受ける日も近い。上海も本気で改革に取り組む潮時だ。  [2014年10月28日号掲載]

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2014年10月30日
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